忘れられない、あの一言…医師はこう言った。

6年ほど前のこと。自転車の朝練で江戸川の土手を走っていて、左手の小指を骨折した。車止めで体操をしていた老人との接触を避けるため、バランスを崩して転倒したのであった。

帰宅後整形外科に行き、とりあえず麻酔なしで折れた部分を合わせてもらった。数日後、診察室で医師から、骨がズレているため、手術をすればきれいにつながる、との説明を受けた。

私は、手術を受けること自体に抵抗はなかったものの、週2度消毒のため通院しなければならないわずらわしさから、医師にどうすべきか訪ねた。

医師は次のように言った。

「手術しなくてもズレたままくっつくだけで、リハビリすれば元の通りに曲がるようになりますよ」

私はこの言葉を信じ、毎週リハビリに通った。当初は感覚もなく、自分の意志でほとんど曲がらなかった小指の関節は、通院の効果もあり、しだいに曲がるようになった。

しかし、いくら通院しても、骨折前の半分程度の曲がり具合が限界だった。医師は元どおりになると言っていたのに…。

リハビリ4ヶ月後、私は医師に尋ねてみた。

「先生、小指がまだ元通りにならないんですが…」

私は、医師から出た次の言葉を忘れない。彼はカルテを見て、こういった。

「日高さん、手術しなかったからなあ…」

私は返す言葉を失って診察室を出た。その日が最後の通院日となったのはいうまでもない。