『生活の探求』…リョーヴィン的な人物がいいね

島木健作の「生活の探求」はいわゆる転向文学作品ということになっている。かような背景に無知であった私は筑摩書房本で島木の作品を虚心に楽しんだ。

杉野駿介は何かプロレタリア運動をしていそうで、何らの活動も読み取れない。彼の旧友との接触も不可解である。しかしこの点は作品全体の素晴らしさを聊かも減殺させることはない。とくに駿介が田舎に戻って父と農作業をするところが好きだ。父駒平と井戸を掘る場面はいい。

この作品を読むと農村の風景や土の匂いが浸透してきて、その場の空気が変わったような気がしてくる。トルストイの「アンナ・カレーニナ」にリョーヴィンという人物が登場するが、なるほど彼に通じるものを感じる。

この作品の評価は分かれているものの、私は中村光夫氏の意見に賛成する。「転向文学」などと枠付けせずに作品そのままを愉しみたい。